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【自己紹介】
はじめまして。ご覧いただきありがとうございます。

フリーランス・ライターのみきです。(ツイッターではみきねぇhttps://twitter.com/mikine39)

愛知県在住。2人の息子の母です。

このブログでは、仕事、子育て、生活に関することとインタビュー記事を書いていきます。

まずは簡単にプロフィールと経歴

◇8月2日生まれ
◇三姉妹の長女
◇三重県出身、愛知県在住
◇日本の短大卒⇒アメリカの4年制へ編入・卒業
◇証券会社⇒経理・財務畑⇒フェイシャルエステ店店長
◇結婚・二人の息子の子育て中
◇フリーランスでライター業がメイン
◇初対面の人からも一緒にいると安心するといわれる癒し系(?)
◇人と人の間に入って円滑にコミュニケーションするのが得意

詳しい自己紹介を読んでみたい人は記事本文をどうぞ。

生まれも育ちも三重県

三重県というとどこ?という人もいるかと思いますが、伊勢神宮がある県です。
海の幸も山の幸もおいしい三重県です。

幼少時代は怖がりで(というか今でも怖がりですが)、引っ込み思案な子でした。
そして、すぐ拗ねる…。
今思うと長女で母親にかまってもらえなくて、拗ねることで自己主張していたんだと思います。

母親にこちらを向いてもらいたいために

・頑張り屋さん
・自慢の娘
・優等生

として、成長していきました。

しつけに厳しい親でしたが、やりたいことはさせてくれる自由を与えてくれる親でもありました。

大学は県外へ

高校はなんとなく進学校へ行きました。
親が喜ぶならいいかな程度で入ったら、周りの頭の良さと自分の出来の悪さで一気に勉強しなくなり、気づいたら受験生でした。

両親は地元の大学へ進学をしてほしかったようですが、1つも受けませんでした。
ここでなぜ両親は地元の大学を受けるように言わなかったのか疑問ですが(笑)、まったくどこの大学を受けてほしいかは言われませんでした。

そして、辛うじて短大の推薦に受かり、京都へ。
両親は寮に入れるものだと思っていたら、遠方の生徒順ということで見事に落選。
初めての一人暮らしを経験。

短大からアメリカの大学へ

短大2年生の就職活動の時、どうしても就職する気になれず4年制の大学へ編入を考えていました。
通っていた女子大への編入は成績が足りず(4.5以上が条件だった…私の成績は4.0。全然足りない)、姉妹校は神学部の募集のみ。
神学部に興味は持てず、どうしていいか考えていた時に思いついたのが、アメリカの大学への編入。

就職説明会のために京都に来た母親にリクルートスーツを着た私は言いました。

「私、就職せずにアメリカの大学に編入したい」

母は「えっ、そんなこと急に言われても…」

と戸惑い、最初はダメだといわれてましたが、

「帰ったら、お父さんと相談してみる」

と言ってくれ、後日電話で

「留学したいならいいよ。私たちが応援できることはするから」

とほぼ反対もされずに、留学が決まりました。

よく、「留学前から英語が得意だったの?」とか聞かれますが、全くです。
学校の英語の授業も嫌いでした。

そして、留学。語学学校と合わせて約4年ほどアメリカで生活していました。

日本へ帰国、就職

アメリカの大学で一番印象に残ったのが、パーソナルファイナンス。
自分の資産を作り運用するという考えが目からうろこでした。
これは日本にはない考えだけれど、絶対に知っておいた方がいい!
これを伝えるためにはどんな会社に入ったらいいのかを考えて証券会社に就職したのですが、証券会社は個人資産の運用をメインで扱っているわけではなく、またパワハラ、セクハラが横行した会社で早々に退職。

しかし、アメリカで習った資産運用がどうしても試してみたくて自分で資産運用を開始します。
時期が良かったのもあって一時は元本の2倍にまでなりました。

バリキャリからの転落

証券会社退職後は経理関係の仕事につきました。
小さな会社の経理をすべて担当。その後親会社の経理も担当し、経理関係の仕事を一通りや担当した後に転職。
キャリアアップを目指して、地元で一番大きな会社の財務管理の仕事につきました。
海外の子会社と連絡を取り財務状態を親会社へ報告するのが私の仕事。
担当の会社への出張なども行きました。

しかし、総合職の8割近くが男性。転職組の女性は私と一緒に入った女性くらいという環境の中で次第に息苦しくなり、会社を辞めました。

その後、女性をいやす立場の仕事をしてみたくてフェイシャルエステのお店で働きながら夜は自宅でヨガを教える生活をしてました。

結婚・出産

30代で結婚し、今は4歳と7歳の息子の母です。
長男の1歳になるまでの子育てはなかなか壮絶でして、次男が生まれるまで私は鬱だったんじゃないかと思います。

そんな話もまたこのブログに書いていけたらいいなと思います。

現在

出産後もパートやらアルバイトをしたりしていましたが、2019年3月からフリーランスとなりました。
今は主にライターのお仕事をしています。

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